経済理論でアプローチ!no.1「教育への投資は年収を増やすか」
シリーズ: 経済理論でアプローチ
因果と相関の違い
「教育は将来の賃金を高める」。現代では多くの人が正しいと信じて疑わない命題ですが、果たしてこれは本当なのでしょうか。
そんな疑いを持つと大抵はこう言われるでしょう。「だって高卒者より大卒者の方が、また大卒者の中でも高学歴大学の方が平均賃金が高いじゃないか。」確かにこれは事実です。しかしながらこの反論は正確ではありません。なぜなら、良い教育を受けられている人は、良い環境の下で育っており、それが年収に影響している可能性、またそもそもの教育と無関係な個人的能力の高さが評価されて高年収につながっている可能性などを排除できていないからです。
このように実際に調べたい関係(A→B)を検証するとき、別の要因CがAとBに影響を与えている可能性がありそうであれば、AとBの相関を見るだけで因果を検証することはできません。ではどうすればいいのでしょうか。

実験をデザインしよう
科学的な実験の基本は対照実験でしょう。つまり、本当に観察したい関係以外の全ての条件を等しくして、結果の差から効果を見ます。例えば薬の効果を知りたいとき、健康条件などが似通った人々を集めて、新薬を投与するグループ(処置群)と、効果のない偽薬を投与するグループ(対照群)とをランダムに割り当てます。そして、処置群にあって対照群にないものを効果として考えます。
これは今回の事例においても当てはまります。すなわち、家庭環境や能力などが似通った人々を集めて、良い教育を受けさせるグループと受けさせないグループとをランダムに割り当てて、その後の年収の差を見てやれば良いのです。このような実験デザインをランダム化比較試験(RCT)といいます。
「そんなことできるのか?」と思われたことでしょう。この例では、実験のために良い教育の機会を逃す人々があまりに可哀想で、非倫理的です。実際に社会科学の分野において、このようなランダムな割り当てを行うのはなかなか難しいのです。加えて、大抵の社会的分析は、分析対象となる介入の後に行われます。ランダムな割り当てが倫理的理由や時間的理由、金銭的な理由などから介入時に行われなかったのであれば、ランダム化比較試験を行うことは難しいのです。
註:社会分析の中でも一部ではRCTが実行できます。例えばチラシのデザインの効果などは容易にランダム化でき、倫理的問題も少ないです。また途上国支援などにおいては、効果分析の重要性や倫理的批判が起こりにくいことから、RCTが実行されることが多いです。因果推論の基本はこのRCTであり、常に実行できないか考えることが重要です。
自然実験を探せ!
因果推論の基本は、上で述べたような関心のある処置のランダムな割り当てにあります。しかし、これを科学実験のような純粋な形で行うことは難しい場合があることを先ほど述べました。そこで現代の経済学における因果推論の主要な戦略は、「社会の中で自然的に発生したランダム割り当てのような状況(=自然実験)を見つける」ことにあります。では具体的に、教育の年収への効果という観点から、どのような自然実験が見出せるか考えてみましょう。
前後のデータを比べよう
例えばここでは「義務教育の延長が義務教育終了後の年収に与える影響」を分析したいとします。理想的な実験は、生徒たちをランダムに、9年の義務教育で卒業するグループと10年の義務教育で卒業するグループとに分けて、その後の平均年収の違いを見てやれば良い、というものです。しかしもちろん、実際にはそんなことはできません。ではどうすればいいのでしょうか。
ここで、ある県が独自の政策として義務教育を9年から10年に延長したとします。この効果を調べてみましょう。最も単純な分析は、各年のその県における義務教育終了後に就職した人々の平均年収を調べ、政策変更前後を比べるといったことです。幸いなことに、政策変更前後で平均年収は10万円も上がっていました。ではこの教育政策の効果は10万円でしょうか。もちろんそれは疑わしいです。例えば、政策変更があった年は非常に好景気で経済が成長し、物価も上がり、これらに合わせて他の県でも義務教育終了後の平均年収は10万円上がっていたのであれば、効果はないと考えるのが妥当でしょう。
では次に、分析を一歩発展させてみましょう。先ほどの例からわかるように、ある政策前後の効果の値の違いは、「政策がなくても変化していた部分」+「政策があったから変化した部分」に分解できます。そして、その「政策がなくても変化していた部分」は、政策が導入されなかった他の地域を観察することでわかります。よって政策効果は、「政策が導入された地域の前後の差」−「政策が導入されなかった地域の前後の差」で求められそうです。このような分析デザインを 差の差法(Difference-in-Differences : DID) といいます。
ただ、ここで勘が良い読者の方はお気づきかもしれませんが、まだランダムの話を全くしていません。例えば、義務教育を延長してまで義務教育終了後の賃金を上げようとしている自治体は、そのための他の取り組みも頑張っており、そのおかげで賃金が伸びた可能性もあります。これでは一番最初に述べた因果と相関の違いを考慮できていません。
このような状況を防ぐためにはどうすればいいかというと、「似ている」自治体を比較対象として持ってくれば良いのです。つまり、基本的には同じような状況にあったのだけれども、たまたまランダムに異なる政策が割り振られたといっても納得してもらえるような比較を見つけることが必要です。(少し数学的な見方をすれば、比較する自治体間で、ある政策が実施されなかった場合の効果を見たい変数の時系列グラフが並行であれば良い、ということです。)この「見つける」作業のためには、興味のある政策のみならず、他の政策やその自治体の置かれている状況などに関する深い制度的理解が必要です。これこそ、経済学が社会科学たる所以の一つでしょう。

閾値付近はランダム?
同じくらいの実力で、同じくらい勉強したのに、テスト中のちょっとした違いで自分はギリギリ不合格で友達はギリギリ合格。そんな経験はないでしょうか。ここでは、とある「良い」とされている大学に行く効果を調べたいとします。ここまで読まれた方は、単純にその大学に行った人と行っていない人を比較しても効果は分析できないことはお分かりいただけるでしょう。大学への入学はランダムではないからです。
しかし、ここで最初のアイデアが役に立ちます。入試などにおいて、ギリギリ不合格だった人とギリギリ合格だった人との間に、本質的な違いはそこまでないでしょう。これらの人々は、ある意味ランダムに振り分けられたと考えられます。よって、もしも年収が能力などに対して連続的に変化するのであれば、この合格点前後の人々を比較することで、その大学に入った効果がわかります。この分析方法は 回帰不連続デザイン(Regression Discontinuity Design : RDD) と呼ばれます。直感的で分かりやすいデザインですが、大学受験のようにうまくいきそうな場面は限られていることにも注意が必要です。
第一に、これが力を発揮しやすいのは、合格・不合格のように割り当てが、ある閾値で厳密に区切られるときです。政府の補助金の給付条件など閾値の考えが応用できそうな他の場面の多くでは、もう少し柔軟な割り当てが行われており、柔軟性が高いほどRDDは使いにくくなります。第二に、プログラムの申込条件のように、割り当て時に閾値が分析対象者に知られている場合にはそれを超えるように人々が行動を変えるため、割り当てがランダムとは言えなくなりこの分析は使えません。加えて統計的な条件として、閾値がなかったらアウトカムは連続的に変化することと(例えば、能力による年収が急にジャンプしないこと)、閾値付近の人々が十分にいることが必要です。
このようにDIDよりも利用できる場面は限られていますが、逆に、もしこのデザインがハマりそうな貴重な機会があったら、ぜひ機を逃さずチャレンジしてみてほしいと思います。

間接的なランダム割り当て
最後に紹介するのは、 操作変数法(Instrumental Variables : IV) です。今までの中では一番直感的に理解が難しいので、具体例から入っていきましょう。ここでは、義務教育期間をわずかに伸ばす効果を分析したいとします。ある国では、「◯◯歳までは必ず義務教育を受けさせなければいけない」という決まりがあったとします。その一方で、義務教育のスタートはある年度の◯月と決まっています。そこである聡明な分析者は気がつきます。「生まれた月によって義務教育を受ける期間が異なるではないか」と。
生まれる月というのは、まさにランダムです。そして、生まれる月が将来の年収に影響を及ぼすことはほぼありません。よって、この生まれた月の違いが義務教育期間の違いを通して、どこまで年収に違いをもたらしたのかを調べてやれば良い、というアイデアになります。
納得できるような、できないようなアイデアかもしれませんが、これはいくつかの厳しい統計的仮定が成り立てば、実際に良い分析として機能します。主要なものとしては、操作変数は割り当てに十分な影響を与えていること、操作変数は割り当てを通じてのみ分析したい因果に影響を与え、それ以外の経路では影響を及ぼさないこと、などがあります。上の例で言えば、生まれた月は確実に義務教育年数を変えるので1個目の条件は確実に成り立っています。その上で、生まれた月が義務教育年数を通じてのみ年収に影響を与えるという仮定が成り立っている必要があります。他にも必要な仮定はありますが、これだけでもなかなか厳しい条件だということがわかるでしょう。
このように、操作変数法とは「良い操作変数」を見つけるのに苦労が絶えません。しかし、操作変数法は、これまで学んだDIDやRDDが使いにくい場面でも、良い操作変数さえあれば利用できる場合があります。ぜひ頭の片隅に置いておいてほしいと思います。

まとめ
社会にはさまざまな因果関係で満ち溢れています。実際に今回紹介した因果推論の手法は、政策分析や教育、労働、経営、社会福祉事業など、多種多様な場面で活用されています。科学技術の進歩により計算速度が向上し、データの利活用が進む中、この流れは日々加速しています。今回少しでも因果推論に興味を持った読者の方には、自分で手を動かして分析してみることを強くお勧めします。最後に参考になりそうな本を紹介しますので、ぜひ手に取ってみてほしいと思います。
参考書
統計的因果推論に興味を持った方向けの導入としておすすめの本です。上で紹介したような手法のもう少し詳しい全体像の説明や、実際にそれを活用した分析事例などについて読み物感覚で理解できます。
- 伊藤 公一朗 (2017).『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』光文社新書.
- 大竹文雄, 内山融, 小林庸平 (2022).『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』.
- 中室牧子 (2015).『「学力」の経済学』ディスカヴァー・トゥエンティワン.
- 中室牧子, 津川友介 (2017).『「原因と結果」の経済学』ダイヤモンド社.
- 山口慎太郎 (2019).『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』 光文社新書.
手を動かして分析を体験してみたい方には以下がおすすめです。EXCELに既に慣れ親しんでいるならEXCELから入るのも良いと思いますは、そうでないなら思い切って Python や R を使ってみることを推奨します。
- 三好大悟, 堅田洋資 (2021).『統計学の基礎から学ぶExcelデータ分析の全知識』インプレス.
※上記は統計的因果推論の手法には触れておらず、その前段階の基本的分析のみを扱っている。 - 星野 匡郎, 田中 久稔, 北川 梨津 (2023).『Rによる実証分析 (第2版): 回帰分析から因果分析へ』オーム社.
統計について理論的に学びたい方は以下がおすすめです。統計的因果推論は発展的内容になるため触れられませんが、まずはこの本で語られているような基礎知識を理解する必要があります。※数学2B 程度の知識を必要とします。
- 倉田博史, 星野崇宏 (2009) 『入門統計解析』新世社.